2008年02月13日

ザ銀

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銀座(ぎんざ)は、東京都中央区にある、東京特別区を代表する繁華街の一つ。日本の繁華街の代名詞的存在となっており、高級商店街、繁華街としては世界的にもその名が知られている。「洗練された大人の街」として活況を呈し、日本でも最大級の繁華街を形成している。郵便番号は、104-0061。大阪市中央区の心斎橋と同様、高級ブランド店がひしめきあっている。

東京都中央区の西部に位置し、西を千代田区、南を港区に接する。北側より銀座一丁目から銀座八丁目まで存在する。また、江戸城外堀を埋め立てた東京高速道路の1・2階部分は商店街となっているが、行政区画が未確定な部分もあり、俗に銀座九丁目・銀座西◎丁目地先などと呼ばれる。

北東から南西にかけて町を貫く銀座通り(中央通り)を中心にグリッド状の街区が構成されており、平行して外堀通りと昭和通りが、北西から東南にかけて晴海通りといった大通りが町を貫いている。また、通りから通りへと抜ける路地が多く点在し、銀座独特の空間を演出している。


区域
南東側を現在の首都高速都心環状線、その他を東京高速道路にぐるりと囲まれた地域である。かつては、東を三十間堀川、西を江戸城外堀、南を汐留川、北を京橋川に囲まれた島であった。

昭和通りの南東に位置する地域は、かつて木挽町と呼ばれる地域だったが、三十間堀川の埋め立てにより銀座と地続きとなったことから銀座東と改名し、銀座に統合された。首都高速都心環状線を挟んだ地域も含めて東銀座駅を最寄りとする一帯は、一般的に東銀座と呼ばれている。

一方、数寄屋橋を中心とする地域はかつて銀座西という町名だったが、地下鉄丸ノ内線の西銀座駅(現在の銀座駅)があったりしたことから町名が銀座となった今でも広く西銀座と呼ばれている(例:西銀座デパート・西銀座チャンスセンター・西銀座通り)。

区域・町名の変遷年表

区画整理実施前後の
町名町域対照地図
(1930年3月)1869年(明治2年)5月
江戸町名改正により新両替町と三十間堀西側等をあわせて銀座一丁目から四丁目が起立。
当時の銀座一?三丁目は、東西南北をそれぞれ現在の三原通り、観世通り、松屋通り、桜通り(東京高速道路)に囲まれた四角形、銀座四丁目は、東西南北をそれぞれ現在のあづま通り、観世通り、晴海通り、松屋通りに囲まれた四角形にあたる。
1930年(昭和5年)3月4日
区画整理により現在の晴海通り北側の4町域を銀座一?四丁目に編入。また、現在の晴海通り南側の9町域を統合して銀座五?八丁目とし、同時にこれら「銀座」地区と外堀に挟まれた18町域を統合して銀座西一丁目?八丁目とした。
この時点での銀座一?四丁目は、東西南北をそれぞれ現在の三原通り、晴海通り、桜通りに囲まれた四角形にあたる。また、当時の銀座五?八丁目は、東西南北をそれぞれ現在の三原通り、西五番街、御門通り、晴海通りに囲まれた四角形にあたる。「銀座西」は「銀座」と西側にある外堀に囲まれた地域。

数寄屋橋公園にある「若い時計台」 岡本太郎作1951年(昭和26年)8月1日
三十間堀川の埋め立てにより木挽町と陸続きになることから、この木挽町一丁目を銀座東一丁目(二?八丁目も同様)と改名した(埋め立ては1952年7月に完了した)。
1968年(昭和43年)10月1日
住居表示実施により、銀座西一丁目と銀座一丁目を統合し、これを改めて銀座一丁目(二?八丁目も同様)として銀座西が消滅。(ただし東京高速道路下にある店舗などは未だに何区に帰属するか確定していないため、暫定的に「中央区銀座西◎丁目地先」と名乗っている)
1969年(昭和44年)4月1日
住居表示実施済みの銀座一丁目に未実施の銀座東一丁目を編入し、これを改めて銀座一丁目(二?八丁目も同様)として銀座東が消滅。
(以上、ウィキペディアより引用)

銀座に土地を持ってたらなー。

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